信じて
あくまり。まりん交神前。
月初めの修業も買い物も終わって、そろそろ寝ようとしたとき。まりんちゃんが私の部屋に来た。
「どしたの?」
「……あの、さ。あくあ。今日、一緒に寝てもいいっスか?」
見ると、まりんちゃんは枕に半分も顔を埋めてしまっている。目も泳いでいるし、こんなまりんちゃんは久しぶりだ。……そう、あれはいつだったかな。昔なめ七兄さんに悪戯をしすぎて、本気で怒られた時とか、それ以来?
「いーよ。おいで」
そう言って掛け布団をめくると、まりんちゃんは少しぎこちなく笑って、のそのそと潜り込んできた。同じ布団に二人並ぶ。たまにある事だけど、そういう時は決まって夜遅くまで話し込んでしまう。いつも決まってまりんちゃんが私の肩をゆすってくるのだ。もう寝るよ、って言っても。明日早いよ、って言っても。
だというのに、この沈黙。寝ますよー、なんて体で目をつぶってる。
「で、どしたの」
「へ? 何が?」
声が上ずってる。そんな、今更とぼける事なんてないのに。
「なんもないの?」
「……なにもないよ」
「そう?」
「うん」
「ふぅん」
そうして、再びの沈黙。どのくらい経った? 不意に、まりんちゃんが私にしがみついてきた。
「あのね、あくあ」
「うん」
「……ちょっと、明日が来るのが怖い」
「……うん」
明日。まりんちゃんは交神をして、子を授かる。私達にとって、一生に一回の大きな体験。そして、一生で最後の大仕事。不安は当然だろう。私の胸に埋められたままの彼女の頭を、私はそっと撫でつけた。
「ね、あくあ。交神って、どんなことするのかな」
「え、ううん……わかんないけど、烈香様が言ってた通り、なんじゃないかな……」
「そう、っスよね……」
烈香様は交神について、全部のことを教えてくれたわけではなかった。刑人様とどんな時間を過ごしたのか、実際に何をすればいいのか。私たちが聞きたいところになると、いつも決まって顔を赤らめて強引に話題を打ち切ってしまう。そんな時の烈香様は少し気まずそうで、でも、とっても幸せそうな顔をしているのだった。
「私も、幸せな交神になるのかな……」
「うん、きっとそうなるよ」
「……私の子供は?」
急に声の質が変わる。まりんちゃんは気づけば顔をあげて、その双眸は私の眼をまっすぐに見据えている。彼女は言葉を続ける。
「私の子供で、ほんとに終われるのかな。こんなつらいこと、全部終われるのかな」
あの日。海ちゃんが言った言葉。下げた頭。流した涙。写真のように焼きついている。海ちゃんの覚悟も、語る未来も。一度だって疑った事なんてない。それはきっと、まりんちゃんも同じ。でも、だからこそ。今こうしてまりんちゃんは、同じ覚悟を私に聞いている。だって、信じることは孤独なことだから。
「うん。私たちの子は、呪いを解いてこれから先何年もずっと生きる子だよ。大丈夫。幸せになるに決まってるよ」
「……そうっスよね」
にへら、とまりんちゃんの顔が緩む。私の服の裾を、彼女がぎゅっと掴んだ。
「……ね、まりんちゃん。吠丸様のどこがいいのか、聞かせてよ」
「えー、またっスか? 散々話したのに……」
「でも、また聞きたいの。ね?」
「んー……しょうがないっスね……」
まりんちゃんは気づいてない。吠丸様の話をする時の自分が、烈香様と同じくらいに幸せそうな顔をしていることを。
「交神終わったら、どんな感じだったか私に教えてね?」
「そりゃ、もちろんっスよ」
まりんちゃんが、にっこり笑う。
私たちは時に支え合って、信じあっている。烈香様たちが遺してくれた道を信じて、海ちゃんの言葉を信じて、八くんや濫くんが持つ未来を信じて。そして、自分の覚悟を信じて。それが日々を生きる意味になる。
でも、もし孤独でい続けるのだとしたら、ともに覚悟してくれる人がいなかったら、いつまで信じていられるだろうか。
だからこそ、私は何度でも言う。まりんちゃんが心から信じられるまで。私たちの子は、絶対に幸せになるって。
……お姉ちゃんに、幸せが訪れますように。