垣根の垣根の百物語

PSP俺屍Rの自分の一族とか某inb氏の一族の話とか ネタバレあります。

片割れ

清流。彼と濁流丸・黄流丸・嘗若丸の話。

 

 

 空気を裂く音とともに、張り上げられる声を聞く。
 私は、ただ眺めている。

 茹だるような熱が体を押さえつける中、私は陽の下で子らの訓練をつけていた。弟とともに、まだ年端もゆかぬ二人に身のこなしを叩き込んでいる。我が子――黄流丸は筋が良い。体の使い方すら知らぬ幼子であるから、その散漫な動きを捉えることなどは造作もないことだ。しかし、ふとした時に機先を制されることがままある。何せ、黄流丸は一族の期待と可能性を一手に背負った者。一族初めての拳法家である。我が子贔屓ながら、それくらいの片鱗は見せてもらわないと困る。
 その隣で、一心に刀を振り続ける子がもう一人。嘗若丸は、私の甥にあたる。ちょうど先月亡くなった姉の子だ。彼は、ただひたすらに目の前の何かに向かって刀を振り下ろす。その度に、えい、やあと精一杯声を張り上げる。濁流が、型を崩す仕掛けを繰り出せば、必死になって受けようとする。無理に力を入れて受け流そうとするものだから、体が均衡を崩して倒れかける。それでも前を向いて、大きくたたらを踏みながら、もう一度刀を振り下ろす。えい、という声が響く。刀が空を切って鳴る。重心を前にかけるから、今度こそ支えきれなくなって前のめりに倒れる。それを助け起こした。
 「大丈夫か。そう無理に体を動かしても仕方ない。もっと狙いを澄ませ」
 嘗若丸は頰についた土を拭うとまた立ち上がる。その肩にそっと触れ、力まぬように撫でた。
 「嘗若丸。そんなに焦って強くなろうとしてもなれるものではない。お前の成長に見合った量の訓練を積むのだよ」
 「……ですが、私は剣士です。母上にそう、言いつかりましたから。早く叔父上のような一人前になって、母上をお守りしなければなりません」
 青いまなこがこちらをじっと見る。母と異なる道を歩むこの子にとって、私こそが唯一の先達であった。
 守る。この子にもいつか、それが意味することを知る時が来る。それまでに、私が彼に教えてやれることはどれほどあるだろうか。うわべの身のこなしなど、どうとでもなる。ただ、彼が本当に手に入れねばならぬことは、ほかにあるように思えた。
 未だ悲願は成らず、この身は日を追うて常世を置き去りにしてゆく。希望もなく、守りたいものが目の前で消えゆく最中にあって、それでも私は何を守ってきたのだろうか。ただこの子に、一つでも多くのことを、私の歩んできた道を見せようと思った。
 「父さん、若と何話してるんだよ! 俺の発明した新しい技、見てよ!」
 横合いから息子が嘗若丸の脇腹を突つき、茶々を入れる。私に似ず明るい性格をしている我が子は、将来の不安など何も感じぬままに、ただ凛と前を見据えている。常に期待を背負い、未来を見据えて。過去に追いすがったままの私を置いていってしまう。かつて濁流がそうだったように。
 その隣でひたすらに剣を振るうこの子は、救われるのだろうか。私が守れなかった姉の面影を残すこの子は、私のように生きてゆくのだろうか。私の教えのままに、苦しんでいくのだろうか。
 ああ、しかし、若き剣士よ。私はもはや気付いている。置いて行かれることの喜びを。
 お前がそれを得るまでには、長い時がいるだろう。いや、私よりも早く、聡く気付くかもしれない。
 私は子を得ねば終ぞ気づかなかっただろう。弟と同じ希望の瞳をし、同じ劣等感を私に与えるその子も。そして、他ならぬ弟本人も。

 何より愛しい私の片割れなのだ。