垣根の垣根の百物語

PSP俺屍Rの自分の一族とか某inb氏の一族の話とか ネタバレあります。

家族と、呪い

烈毘沙こな七。誤射丸事件。

 

 

 

 どうにも気になって仕方なかった。

 

 暑い。白骨城は夏の城。嫌な湿り気で装束が肌に張り付く。
 嫌な感じだ。音のほとんどしない城の中。聞こえるのは鬼が這いずり回る音ばかり。俺が鬼をどれだけ早く見つけられるかが勝負のカギ。だからいつもみたいに、眼を閉じて自然の音を聞く。でも今日は何かが違う。いつもより調子がいい? 鬼のささやく声まで聞こえてくる。その内容までよく聞こえる。今日は5人殺した、明日は何人殺す。一々癇に障る。鬼が黙ってしまえば、静寂の中に風の音が響きだす。妙に暑い。羽虫が止まっているような感覚を覚えて腕を払う。ただ風が肌を撫でただけだった。それでも嫌な感じがするもんだから、払っても払っても羽虫がいるような気がしてならない。
 嫌な感じだけど、いつもより鬼の居場所は分かるから、難なく親玉の所までは辿り着いた。でも、まだ暑い。うまく集中できない。何か別のことを考えていようか。そうだ。虫のことなんか考えるなら、相手に一発でも多くの砲撃を打ち込むことを考えるんだ。
 ……待てよ。この石火矢で、今こなみ姉さんのことを撃ったらどうなるんだろう。みんな驚くだろうか。そうして、俺を責めるだろうか。責めるに決まっている。怒るに決まっている。どうなるも何もない。でも、どうなるだろうか。こんな今までの環境は一変してしまうんだろうか。ああ、羽虫が気になる。うるさい。こんな環境も、変わってしまうのだろうか。ああ、どうなってしまうんだろう。やっぱり、みんなびっくりするかな。そのあと、泣いたりするのかな。そうなったら大変だ。みんなが泣くと、俺も悲しい。そんなのは絶対に嫌だ。この大筒は、みんなを守るためにあるんだ。家族を傷つけるなんて、もってのほかだ。

 でも、どうなるだろうか。

 自分が何をしたかは覚えていない。はっきり覚えているのは、膝をつくこなみ姉さんと、その背中から流れる血。
 なんでこんなことになってるんだ。早く何とかしなきゃ。そう思う気持ちも、焦るみんなの声も、その光景の前に霞んでいく。そのなかで、腕に抱えた大筒が、あざ笑うように現実の熱を伝えていた。

 

 大丈夫だと、思っていた。
 蔵にある呪われた武具については、一通り目を通していた。敏速性と引き換えに鎧の効果を落とすもの、高い能力値と引き換えに一族の一員としての心をかき乱すもの。どれも危険だという理解はあった。そして一方で、絶対に利用できるという確信もあった。自分の判断が、一族を守り又傷つけるならば、時には危険を冒してでさえも、絶対に負けない戦いをする必要があると思っていた。
 そして、あくまで事実から言えば、こなみ姉さんの怪我は大ごとにならずに済んだ。回復と補助が間に合い、毘沙兄さんの守備の補強は「成功」したままに戦いを終える事が出来た。
 しかし、しかしだ。あの時、もっと兄さんの武器が強力だったら。もっと姉さんの防具が弱かったら。
 わたしは、毘沙兄さんにこなみ姉さんを殺させていたかもしれない。
 あの時、なめ七は確かに私を諫めた。それを聞くべきだった。聞かねばならなかった。誰より正しい判断をする使命を課せられた私が、誰より軽率に家族を危機に晒した。
 
 骨の親玉が沈み、姿を消す。誰がどうやって倒したのかも、あいつが何を言っていたのかも、ろくに頭に入ってこない。
 立ちすくむ二人のところに駆け寄った。謝ってどうにかなる問題でもないし、取り返しはつかない。でも。
「ごめんなさい……っ」
 機先を制されて、喉の先まで出かけた言葉がぐっと降りる。でも、兄さんが謝る必要などは一つもないのだ。兄さんは罪悪感で興奮している。努めて冷静に、当主としての義務を果たさねばならない。
「……兄さんは、悪くない。今回のことは、私が兄さんに渡した装備が間違っていた。なめ七もその可能性については言及していたし。私があんなことしなければよかった。だから、兄さんは悪くない。私の責任」
「違うって!……俺が、撃った。烈香じゃない。俺が悪い」
「いい、聞いて、毘沙兄さん。私が悪いから。兄さんが気にすることはない」
 なめ七は、何か言いたげな顔をしている。何も言わないのは、きっと私に気を遣ってくれているのだろう。あの時一番状況を見れていたのは、なめ七だった。私よりも、はるかに。
「烈香は悪くないって!」
 これでは水掛け論だ。らちが明かない。
「……毘沙兄さん。当主命令だ。この問題は……」
 そう言いかけた途端。口を冷たくはじく音。そして、じんわり滲む痛みがあった。
「烈香ちゃん。今のはズル、だよね?」
「こなみ姉さん……」
「さっきから聞いていれば。ねえ、私を置いてなんで二人で話してるの?」
 こなみ姉さんは、めったに見ない本気で怒った顔をしている。でも、私にだって譲れないものはある。
「いや、姉さん。私にも当主としての責任がある」
「たしかに、」
 遮るように姉さんは声を張り上げた。つい、黙ってしまう。
「当主はあなた。でも、あなたは脇下家の当主である前に、『そんなこと』よりもずっと前に、私の妹で、毘沙ちゃんの妹だよね? 毘沙ちゃんのお話は、しっかり聞きなさい」
「そんなこと、じゃないよ、姉さん……私は、当主なんだよ」
「当主だったら偉いの? ……ごめんね、烈香ちゃん。厳しいことを言うようだけど、それは思い上がりだよ。あなたは確かに当主で、その分考えることも多いけど。一人で全部できるんだったら、最初から私たちはいらないんじゃないかな」
「そんなこと……」
「じゃあ一回いうことを聞いて。最後まで。ね?」
 そうまで言われては、どうしようもない。ここにいるのがいたたまれないような、恥ずかしいような、そんな気持ちになる。なめ七の顔も、姉さんの顔も、とてもじゃないけど見られなかった。
「それに、毘沙ちゃんも。自分が悪い、だけじゃ何もわからないよ。それに、あの時あなたは何か呪いに逆らう方法があったの?」
「んん……」
 兄さんが身を小さくする。二人を見ることができないのは、兄さんも同じだろう。情けない顔をした兄さんと目が合った。きっと今の私も、さぞかし情けない顔をしていることだろう。
 突然、兄さんの顔がぐっと近くに飛んできた。おでこをしたたかにぶつける。鈍い痛みがした。続いて、柔らかな、暖かなにおい。気づけば私達は、こなみ姉さんの腕の中に抱きすくめられていた。
「烈香……おっまえ石頭だなあ……」
 兄さんが、同じく姉さんの腕の中で身をよじり、頭を押さえようとする。しかし、それもこなみ姉さんの手で抑えつけられてしまう。
「ほら、二人とも暴れないの。お姉ちゃんのいうことをおとなしく聞きなさい」
「姉さん……なんだよそれ……」
「烈香ちゃんは、毘沙ちゃんの妹でしょ? で、毘沙ちゃんは私の弟。つまり私は二人のお姉さん。だから、二人は私のいうことを聞きなさい」
「もう……」
「……二人とも、自分をすぐ責めちゃうんだよね。烈香ちゃんのことが大事だから。毘沙ちゃんのことが大事だから。お互いをかばっちゃうんだよね」
 変に喉が鳴る。心臓が跳ねる。兄さんの顔は、見れない。
「でもね、無理しなくてもいいんだよ。私たちは一人じゃ何もできないから。誰かを頼って、誰かに頼られて。みんなが一生懸命お互いのことを思っているなら、だれの責任もないの。精一杯、みんなの為に戦ってるんだから」
 恥ずかしい。姉に教えられていることが、ではない。それに気づかぬほど、視野狭窄になっていた自分が。なめ七に規範を示すべき自分が、ここまで未熟であることが、恥ずかしい。
「ほら、七くんもおいで」
 こなみ姉さんの声に、なめ七は少しためらっている。……もう、迷ったりは、しない。少し力を入れてこなみ姉さんの胸から飛び出した。そのまま、なめ七の腕をつかむ。
「あ、ちょっと烈香様?」
「いいから来なさい」
 なめ七の腕をつかんだまま、もう一度こなみ姉さんの胸に飛び込んだ。

「……しかし、姉さんはすごいな。本当にみんなのことをよくわかっているし、いい言葉を知ってる」
 そのまま数分間の時を過ごした後、ゆっくりと姉さんから離れた。
「え? ……あれねー、実はお母さんの受け売りなんだ」
「……津那美、様の?」
「うん。うちの家族は、みんな呪われていて、悲願のために戦っているけど。これだけは絶対に忘れない事、って」
「そうか……きっと、穏やかで、優しくて、素敵な方だったのだろうな」
「えっ? う、うん。そんな事より!」
 こなみ姉さんが私の手を取り、毘沙兄さんの手とつなぐ。
「はい、仲直り。ね?」
 全く、大人びているんだか、子供っぽいんだか、分かったものじゃない。……いや、私も、兄さんも、なめ七も。一族皆そうなのかもしれない。
「ごめんな、烈香。あんまり自分を責めるのはやめるよ」
 先に言われてしまった。兄さんはこういうところが、大人。でも、いつもは子供っぽい。
「うん……ありがとう、兄さん。ごめんね」
「おう。……さあ! 奥まで行こうぜ、烈香! そのために来たんだろ?」
「あ、ああ」
「俺と烈香のコンビが仲直りしたんだから。どんな奴が来たってらくしょーだぜ!」
 ほら。子供っぽい。でも、そうだね。どんな奴が来たって、らくしょーだ。