垣根の垣根の百物語

PSP俺屍Rの自分の一族とか某inb氏の一族の話とか ネタバレあります。

私が私であるために ~1022年 十月~

十月になりました。ここにきて、当家の「やること」は一つに絞られています。

そう、九重楼にて最後の大親玉を討ち取ること。逆に言うと、交神の予定もしばらくは入らないので、それにすべてのリソースを割く事が出来る、ということです。年度末の大江山に間に合えばよいので、十月と十一月と、二ヶ月の余裕があります。

 

 

そして、芹香の健康度は限界を迎えています。今月までのその命。選考試合で有終の美を飾った彼女に、もはや出陣の意志はありません。

さて、じゃあ今月は何をするか。というところなんですけど、その前に。

 

先月、茜の訓練をつけるのを忘れてしまった僕。完全に犯罪です。大変申し訳ありませんでした。ダメです。ごめんで済むなら警察はいらない。

……まあ……精一杯の解釈をするとするならば……先月は、すすきが旅立ってすぐの月でした。もしかしたら、茜はすすきがいなくなったことに深く深く傷ついて、ふさぎ込んでしまったのかもしれないなと。それで、誰の指導も受けることが、どうしてもできなかったと。そのままでいいわけではもちろんありません。その処遇の責任は、誰が取るべきか。

 

……きっと、ここで「私が」を言い出したのは、志穂なんじゃないかなと思っています。

彼女は、茜と同じく、家に来て一月目で親を喪い、親のいなくなった家で続いての特訓をしました。その彼女なら、すぐに居なくなってしまった親の、その悲しみをより共感できる、そして、もう若くない上の面々を見た上で、これから先を支えることを誓える。そう思ったのです。奇しくも先月は、志穂元服の月でした。

彼女は、あれだけの才能を持ちながら、「自らの弱きところを補ってくれる男神」を求めています。それほどに一族の未来というものに敏感なのかな、と思いました。

だから、十分に訓練を積めなかった茜を、志穂が自らの責任においてしっかり鍛え上げる、と、そう誓ったのだろうと。その責によって、尚武の許しを得たのだろうと。これは一つのけじめです。尚武も茜を苦しめたいわけがありません。ただ茜が将来戦死するようなことがあっては本末が転倒してしまいますので、茜を強い責任の者で育てる役割が必要だったのです。

 

さて、ということですので今月は九重楼への出陣です。

なぜか。それは四月の時と同じ。最も取りこぼした財宝が多いから。

今回の出陣は茜の初陣となります。尚武は志穂を信じました。今月の討伐隊、隊長は志穂が務めます。そこに当然茜。菫に加えて、お目付け役として最年長の実梨が加わります。尚武と実梨が行動を異にするのは本当に久しぶりです。ですが、ここでの二人の気持は一つでしょう。尚武の考えていることを、実梨はよくわかっています。

 

初陣の茜には代々の弓使いが受け継いできた必殺の弓、木霊の弓をつがえてもらいます。(彼女の技バー、火以外かなり低いのであまり期待できないかもですが……)

志穂はいつもの秋津ノ薙刀。菫は芹香から受け継いだ胡蝶の手袋、実梨は愛用の真砂の太刀。それぞれ強力な武器を携えます。

そうして九重楼へ。赤い火がともっていました。最上階までは一度踏破しているし、七天斎八起も解放済みなので、最初から最上階での特訓と宝物の獲得を目してひたすら駆け上がります。

途中少し下の階層で紅こべ相手に練習試合。茜のレベルを三つほど上げたのち、8階に常駐しました。

そして赤い火の活躍もあり、得たものは多く。

何と言っても一番はこれです!!!!萌子の巻物。これが欲しかった。一番の目的をしっかり成し遂げました。

……ほかにもたくさんあるお宝。その中に一つ、妖しく輝く薙刀がありました。いや、まあ、二つ手に入れたんですけど。

f:id:miriking-writing:20190414192656j:plain

闇の光刃。基礎攻撃力が72あって、火の属性の乗る武器です。闇、と言うだけあって何かしらの力を秘めた武器なのかもしれません。しかしそれでも、志穂は手をつけませんでした。

f:id:miriking-writing:20190330031008j:plain

これが五ヶ月時点での志穂の能力値。単純に、技水に比べて技火がかなり低いんですよね。彼女には秋津ノ薙刀の方が向いている。闇、というのを扱える自分ではない、と。先述の通り彼女は優しい人です。安定した心の中で、元の素質を抑えてまで最も心の水が高い。遺伝、素質とは無関係な彼女自身の優しさでしょう。その闇の力を自らが扱えば命を落とすことを敏感に知り、より力のある後進の為に封印した、ともいえます。

 

そうして最後まで九重楼の最上階で戦い続けました。確か火祭りとかもこのタイミングで手に入れた気がします。茜もしっかり、黒ズズたちとの戦いを乗り切りました。

……家に帰ると、芹香が倒れています。志穂にとっても、菫にとっても師匠であり、茜にとっては伯母であり、実梨にとってはすぐ上の双子の姉の片割れ。皆それぞれにかわいがってもらっていたでしょう。

 

 

f:id:miriking-writing:20190321134112j:plain

真垣 芹香

享年 一歳十一ヶ月

 

1020年 11月 真垣 菊梧と陽炎ノ由良様の子として、すすきとともに誕生。

1020年 12月 菊梧に師事する。

1021年 1月 相翼院への出陣。速瀬ノ流々様を解放。

1021年 4月 鳥居千万宮への出陣。稲荷ノ狐次郎打倒。

1021年 5月 鳥居千万宮への出陣。九尾吊りお紺打倒。

1021年 7月 九重楼への出陣。七天斎八起打倒・解放。

1021年 8月 夏の朱点童子討伐隊選考試合へ出場。優勝を飾る。

1021年 9月 相翼院への出陣。片羽ノお業相手に敗走。

1021年 12月 大江山への出陣。痩せ仁王・太り仁王打倒。虚空坊岩鼻様を解放。

1022年 2月 志穂に訓練を授ける。

1022年 3月 春の朱点童子討伐隊選考試合へ出場。優勝を飾る。

1022年 4月 九重楼への出陣。

1022年 5月 菫に訓練を授ける。

1022年 8月 夏の朱点童子討伐隊選考試合へ出場。優勝を飾る。

1022年 9月 鎮守ノ福郎太様との交神。

1022年 10月 永眠。

 

芹香は、生まれたときから「姉」然としている子でした。ネズミなんて自称してへりくだって見せて、その癖すすきに対する指示はしっかりしていて。戦いにおいても自信家で、人の補助なんてほとんどかけない子でした。ただそれもやみくもな自身ではなく、地に足のついた客観的な自己評価だったと言えるでしょう。だから、実際有効だったんです。「芹香が殴る」っていうスタイルは。……それだけでは勝てない、さらなる強敵を前にするまでは。

 

あのお紺戦、芹香は余裕のない戦いの中で翠蓮に人の補助を強いられました。その時初めて、彼女は自分の弱さと向き合うことになりました。さらに続くお業戦。その弱さに向き合えない自分が、お業戦の責を問う形で当主への不信として表出することもありました。ただ、その翠蓮が自ら信用を勝ち取って見せた、その背中を見て、彼女は考えを改めます。ちゃんと自らのやるべきことをやったうえで、その上での自信の獲得へと。

 

しかし、そんな彼女の成長が発揮される機会は少なかったと言わざるをえません。1022年内の怒濤の迷宮攻略に彼女は一度たりとも同行することがありませんでした。結果として芹香は雪辱の機会を得ることが無かったのです。もしかしたら、すすきの寿命が来た時に、感じられたのかもしれません。死を意識することによって。何者にもなれず、何事をもなせず、死んでいくような自分を。

 

しかし、芹香はすすきに発破をかけられます。自信に満ち溢れ、すすきに指示を出す芹香は、既に「何者かであった」ということなのでしょう。振り返ってみれば、芹香は二人の弟子を持つ、教え上手でありました。確固たる実力を持ちながら、後進の育成に力を注ぎ、逸り気なすすきを抑えながらも、彼女の出陣を後ろで支えていました。実力ある者として、他者の規範になることが常に意識された、そんな人でした。

 

―—今立っている場所で 勝ちなさい

 

この言葉。きっと家に来たばかりの芹香なら当然のように言えた言葉でしょう。でも、忘れかけていたこの言葉。すすきに言われた言葉と同じこと。一周回って、それを疑った上で、ここに戻ってこれたのは、紛れもなく芹香の強さです。自分のやるべきことをしっかりやる。それが自分の立脚点になって、それが出来ていれば自分の勝ち。それこそ、芹香の生き方でした。

 

f:id:miriking-writing:20190414212136j:plain

芹香、お疲れさま。