垣根の垣根の百物語

PSP俺屍Rの自分の一族とか某inb氏の一族の話とか ネタバレあります。

津那美と和泉。和泉交神直後。

 

 

「津那美ちゃん、最近すごいね」
「何がかしら」
「蛇鞭毒って、津那美ちゃんが漢方屋さんに持ち込んだお薬なんでしょ? 毒の研究も、最近ずっと熱心にしてるじゃない」
「そんなこと、ないと思うけど」
「……ちょっと、いいかな」

 和泉の交神が終わって三日。かなりの体力を使って来月までは激しく動けない和泉の為に、津那美が膳を運んできたときのことだった。

 和泉の言う通り、津那美はいつにもまして精力的に研究に取り組んでいる。精力的、というのはやや甘い表現かも知れない。研究に傾倒している、と言った方が正しいだろう。討伐のない日はほとんど朝から晩まで、新しい毒と、そして新しい薬の研究にいそしんでいる。研究のための施設も蔵の横に建てた。もちろん、家の金で。

 そんな津那美の振る舞いは、もう一族のだれからも心配される状況であった。しかし津那美は一度も討伐で疲れを見せたことはなく、また自らの研究施設に他人が入るのをひどく嫌っていたため、誰も口を出せるものがいなかったのだ。長い時間を共に過ごした姉妹である、誰にも津那美の思いは明白であった。そして、それが故に、誰も何も言えなかった。

「なんですか、姉さん。いきなり改まって」
「うん……。あのね、今のうちに、しておきたい話なんだけど」
「なによ」
「あのさ。私、交神もしたし、そろそろだと思うんだ」
「……何が」

 津那美は決して自らその弱みを見せるようなことはしない。だから、いかに残酷なことだとわかっていても、和泉にははっきりと言い切る必要があった。

「分かってるよね、津那美ちゃん。私が、そろそろ死ぬ」

 和泉は、津那美の顔が引きつるのを見逃さなかった。もともと得心づくで放り込んだ話題だ。その尻ぬぐいも含めてが自らの役割であると、彼女は確信していた。

「そう、ね。そろそろそういう時期かもしれない。でも、今から気にしてても仕方ないわ」
「うん、そうだね。だから、ね? 津那美ちゃん。一日中研究するのは、もうやめましょう?」

 津那美が体を震わせる。眼が泳ぐ。しかしすぐに、意志のこもった眼をこちらに向けてくる。和泉はそこに津那美の母を見る。何とも因果な話だと和泉は思った。和泉の狙いは、もう一つの魂にこそあったから。

「何故、それとこれとが関係あるの? 私の時間をどう使おうと、私の勝手よ」
「……そうだね。言い方を変えるよ。津那美ちゃん、私の残り少ない時間を、一緒に過ごしてくれないかな」

 今度こそ、眼が泳ぎ切る。津那美にこういう言い方をすれば「言い争い」に勝てることくらいは、和泉は分かっていた。津那美は良くしゃべる分、彼女にとってはとても分かりやすかったからだ。ましてや津那美が生まれてからの姿をずっと見てきている和泉にしてみれば、この程度の芸当は造作もなかった。

「ごめんね、津那美ちゃん。別に、津那美ちゃんに口喧嘩で勝ちたいわけじゃないんだ。ちょっと、私の聞きたいことに、答えてくれないかな」
「……はい」
「あのね、津那美ちゃんが皆の命を少しでも伸ばそうとお薬の開発に力を入れてるのは、知ってる。……なめ悟兄が死んでから、ずっとそうなのもね。でも、津那美ちゃんは最近、毒の研究にもものすごい力を入れてる。それは、どうしてかな」
「それは、一匹でも多くの鬼を倒して、一刻も早く呪いを解くため、です」
「そっか。そうだよね。……ほんと?」
「どういう、ことですか」
「ううん、聞いてるの。ほんと?って」

 和泉にただじっと眼を見つめられ、津那美は小さく首を振った。。津那美は、和泉の眼をそらさぬ様に弱かった。それをも利用し、聞きたい答えを引き出そうとすることに、和泉は罪悪感を覚えた。然し、彼女にはそうするしかなかったのだ。この、不器用な女を救うためには。

「……毒を使うのは、私たちの使命だと、そう思ったからよ」
「それは、どういうこと?」
「朱点童子は、私たちに短命の呪いをかけた。その呪いは、ものすごい速さで私たちの体を蝕んでいく。そんな呪いに対抗するために、私たちも敵の寿命を著しく縮めるような毒を使うのは、おかしな話かしら? ……わたしから朱点に送る、もう一つの短命の呪いこそが、毒よ」
「……そう。でも、それは鬼の手段、なのよね?」
「ええ。でも、仕方ないわ。鬼に勝とうとしているのに、心すら鬼よりも弱いんじゃ、笑い話にもならない」

 和泉はいよいよ確信した。津那美の心の奥底に眠る偽りの鬼。それがいまにも実体を奪い、本当の鬼神へと変貌しようとしている。津那美は、乱香の最期の言葉を聞いている。それこそが彼女の核。津那美は自ら望んで、鬼に身を堕とそうとしていた。

「お願い、津那美ちゃん。私たちを信じて。みんなで、力を合わせれば、きっと届くから」
「……でも、兄様も、母様も、誰も助からなかった」

 小さく呟いた津那美の言葉に、和泉は二の句がつげなかった。この子は、今までに失ったすべての命に関して、責任を感じている。そんな子に、自分が何を言ってやれる? 何をしてやれる? 和泉には分らなかった。その時であった。

「……うぬぼれないでください、津那美姉様」

 不意の声に二人が顔を向ける。にじむ、うめ香、ぺろむ。三者三様の表情を浮かべて、二人を窺っていた。そして、ずかずかとぺろむが踏み入り、津那美の胸倉を掴んだ。

「私は! あなたに全部助けてほしいなんて! 言ってない!」

 梁が鳴るような大声。そのお陰というべきか、和泉の凍っていた思考が動き出した。

「津那美ちゃん。ぺろむちゃんは、あなたが鬼になったらきっと責任を感じるよ」
「別に、そんなこと言ってません!」

 ぺろむの言葉に、何か嫌味でもぶつけようとする津那美は、姉妹の表情を見て、ふとそれをやめた。どんなにか哀しいことがあっても、気丈でい続けたにじむや、うめ香までもが、泣きそうな顔で彼女を見て居る事に気づいたからだ。
 津那美の中で、鬼にならなければならないという意識が消えたわけではない。ただ、

「……潮時かも知れないわね」

 その言葉だけが、最も愛する姉妹を笑顔にする唯一の手段であった。

 

 数日後。

「……毒の研究は、やめないんだね」
「あら? 当たり前でしょ。あれはもともと私の趣味です」

 また膳を運んできた津那美に対して、和泉は同じように声をかけた。

「まあ、ほどほどにね。またぺろむちゃんに怒られるよ」
「……別に、ぺろむっこに怒られようが怒鳴られようが、私には関係ないわ」
「そっか」

 少しの沈黙。不意に津那美が立ち上がり、外を確認した後、襖を閉めた。

「どう、したの」

 和泉は不意に懐に飛び込んできた温もりに面くらった。然し。


「いずみ、ねえさん。お願いだから、行かないで……」

 和泉は、ただ黙っていた。