垣根の垣根の百物語

PSP俺屍Rの自分の一族とか某inb氏の一族の話とか ネタバレあります。

ゆびきりげんまん——1018年 7月

琳太郎交神。葵は千種に訓練をつけた月。二人のお話。

 

 

 

 私に妹が出来た。
 それはあまりにも予期されていて、それでいてあまりにも唐突な事だった。


 たたたたたっ。
 廊下をかける音が聞こえる。ややあって、さらっと音がして襖が開かれた。
 見上げると、そこには知らない女の子が立っていた。
 青い髪、健康的な色黒の肌、そして、誰かにそっくりな青い瞳。口をきゅっと結んで、私をじっと見つめている。
 「……あなたが、わたしのお姉ちゃんですか」
 ややあって、目の前の子がそう聞いた。私は怖がらせない様に笑顔を作った。ただ作ったと言ってもそれは私の頭の中でそう思っているだけで、実際に自然な笑顔になっているかは知れない。口の端は変に吊り上がってはいないだろうか。それでもせめて、精一杯の優しい声を出す。
 「ええ。そうよ。葵っていうの。あなたのお名前は?」
 「えっと……」
 しかし、彼女は口ごもってしまう。名前はまだだったかな、と思ったところで、
 「君の名前は千種だよ」
 お父さんが玄関の方から歩いてきて、、その女の子——千種の頭を優しくなでた。
 「ちくさ……?」
 「そう、千種」
 お父さんが繰り返すように言い含めると、千種はまたこっちを振り返って、
 「千種です」
 そう言ってぺこりと、ぎこちなく頭を下げるのだった。
 「琳太郎様、おめでとうございます! これでまた、真垣の家も一層賑やかになりますね!」
 「ああ、ありがとう。また大変になると思うが、よろしく頼むよ」
 イツ花さんは腕まくりなんかしちゃっている。まだお昼を食べたばかりだというのに、もう夕食の準備に取り掛かるらしい。今夜はきっと、ごちそうなのだろう。
 「ところで、千種様のお稽古にはどの指南書をお使いになりますか?」
 「そうだなあ……何もなければ、まだ誰も扱えない弓を担いでもらおうと思っていたんだけど……」
 「弓だと何があるの?」
 「ほら、今月俺は交神に行くだろう? そうすると、葵が一人で千種の訓練をつけてあげることになるんだ。それだったら、もしかしたら薙刀の方が葵も教えやすいんじゃないかなあってな」
 今まで考えていなかった。私とこの子で、二人きり。イツ花さんもいるけど、毎日の家事とかで忙しくするだろうし、そうすると私がつきっきりで千種と過ごすことになる。
 私たちの話を黙って聞いていた千種は、私の方を向いたままで動かないでいる。一方でせわしなく動く目はなかなか私と向き合わない。
 「まあ、俺達からしても初めてのことだし、やりやすいようにやるのが一番いいだろう。千種には薙刀士になってもらうよ」
 「わっかりました! それじゃ、とっておきの一振りをご用意しておきますね」
 「ああ、頼むよ。千種、しっかり葵姉さんに教えてもらいなさい」
 ……大丈夫かな。
 いや、大丈夫にするしかない。この子が薙刀士になろうが弓使いになろうが、私が教えなくてはいけない状況が変わるわけではないのだ。弱気になっていては、どっちにしたってうまくいくわけがない。
 「よろしくね、千種。私がしっかり教えてあげるからね」
 それに対して、千種はまたぺこりと、こわばった頭を下げるのだった。
 ……ほんとに、大丈夫かな。


    ・


 「そう。もっと肩の力を抜いて。そのまま、体をひねって、流れを意識しながら振るの」
 お父さんが交神に行って、三日が経った。千種には交神の儀の時にするお祈りの作法も教えた。今はイツ花さんの手作りの薙刀を持たせて、基本的な型を教えている。ただ、
 「んー、やっぱりまだちょっと力が入りすぎかなあ……」
 あれから千種の態度はぎこちないままで、どうにもうまくいかない。今みたいに上手く体を使えていないとき、私が手を取ってあげようとすると、余計に固くなってしまうんだから、どうしたらいいかわからない。
 こんな時、お父さんだったらどうするのかな。
 お父さんが初めて家に来た時、私はこの子ほどは緊張していなかったから、あまり参考にはならないけど。お父さんは最初に家にいるのが千種だったら、どうやって仲良くなったんだろうか。いや、むしろ仲良くなれたのだろうか。何しろお父さんは、難しいことを考えこむ達人なんだ。一人でいると、すぐに黙り込んで難しい顔をしている。もしかしたら私の方が上手くいくのかもしれない。ううん、そうに決まっている。
 「……お姉、ちゃん?」
 「えっ?」
 間抜けな声が漏れる。私は千種を置いて、一人考え込んでしまったらしい。千種の手を後ろから支えたまんまの体勢で。こんなではお父さんのことは言えないかもしれない。
 「ごめんね、千種。ちょっと考えこんじゃって」
 「……楽しいこと。ですか?」
 「……なんで楽しいことって思ったの?」
 「えっと、お姉ちゃん、にこにこしてたから……」
 「そんなに変な顔してたかな……ちょっとお父さんのこと、考えてただけだよ」
 「お父さんのこと?」
 千種の声が気持ち大きくなった気がした。どうかしたのか、と思って顔を覗き込んでみる。私の方を見ては、手にした薙刀を見て、その繰り返し。何だかそわそわして落ち着かない。
 どうしようかな。お父さんには訓練をしなさいって言われてるし。
 そう思ったけれど、でも、これは千種と仲良くなれる大事なチャンスのように思えた。
 「聞きたい? お父さんのこと」
 こくりと小さくうなずいた千種を見て、私は薙刀を蔵にしまう用意を始めた。


 「お父さんって、あの、どんな人、ですか?」
 「いいのよ、敬語なんて使わなくても。お父さんはねえ……いっつも難しい顔してるの。どうしたのーって言っても、すごい難しい顔してるんだよ」
 「どんな、顔ですか、あっ、えと、なの?」
 「んー? こんな顔」
 精一杯お父さんみたいなムッとした顔を作ってみて、千種を覗き込む。初めて千種の笑うところを見た気がした。
 「えー、ふふ、面白い顔」
 「ほら、千種もやってごらん。お父さんの真似、むうって」
 変な顔をしたままで、そういうと、千種も千種で精一杯難しい顔をしてみせる。幼い顔に寄った眉間の皺が、何だか場違いみたいでひどくかわいらしい。そのまましばらく千種の顔を見つめると、千種はその顔を崩して、またにこにこ笑ってくれた。
 「……いつもお父さん、こんな顔をしている、の?」
 「んー、いつもじゃないんだけどね。私と話してる時とかは、この前も見たと思うけど、優しい顔してるよ」
 「お父さん、優しい?」
 「うん、とっても優しい。いっつも私のこと可愛がってくれるし、イツ花さんとか、お母さんとか、千種のお母さんとか。みんなのこと考えてるよ」
 「千種のことも、かわいがってくれる?」
 「もちろん。お父さんは千種にも、きっととっても優しいよ」
 「……よかった」
 きゅっと私の手が握られる。千種の肩には、もはやさっきまでのぎこちなさは残っていない。初めからこうしておけばよかったのかもしれないと、少し思った。
 「あとねえ。お父さんって、すっごくかっこいいんだよ」
 「本当?」
 「ほんとほんと。千種も町に出てみればすぐわかるよ。町にはいろんな人がいるけど、お父さんがいっちばんかっこいいんだ」
 「そうなんだ……お姉ちゃん、お父さんのこと好き?」
 「んー? うん、大好きだよ」
 「じゃあ千種もお父さんのこと好き!」
 千種は突然立ち上がってにっこり笑ってくれる。そうして、
 「お父さん早く帰ってこないかなあ……」
 なんて言って、鼻歌なんか歌っちゃってる。さっきまでとは大違い。
 「お父さんはねえ、交神に行っちゃってるからねえ……何日かしたら帰ってくるよ」
 「コウシン、って何?」
 「神様の所に行って、一緒に仲良くして、お子を授かってくるんだよ。千種も、お父さんが千種のお母さんの所に行ったから、生まれてきたの」
 そこまで言って思った。お父さんが今交神に行っているということは、あまり時間をおかないでまた次の妹か、弟がやってくるということだ。となると、こんなに小さな千種はその時にもうお姉ちゃんになるということ。今こんなに気を許してくれたからよかったものの、ちゃんと可愛がってあげられるような時間は少ないのかもしれない。としたら、私が精一杯可愛がってあげないといけない。そう決心した。同時に、私は今、本当のお姉ちゃんになったのかもしれない、と思った。
 「じゃあお姉ちゃんも交神するの?」
 「うーん、まあすぐじゃないけど、きっといつかはするんじゃないかな」
 はぐらかしたような答えだな、と自分で自分に思った。いつかって、いつだろう。私はいつまでも子供のような気がしていたけど、来月には元服の儀を行うらしい。これが終わればもう大人。私は交神が出来る年齢、とみなされることになる。でも、お父さんがしている交神っていうのがどういうものかは実感としては分からないし、お父さんみたいにいろんな男神様に会いに行くのも、なんだかちょっと嫌な気もする。
 「誰とするの? お父さん?」
 「えっ!?」
 唐突な言葉に思わず面食らった。見透かされたような気もして、ちょっとびっくりしたけど、でも。お父さんは、違う。そういうのじゃなくて、でも、なんか駄目だ。
 「違うの?」
 「えっとね、お父さんとは、交神できないの」
 「でも、お父さんよりかっこいい人はいないんでしょ?」
 「んー、そうねえ……お父さんよりかっこいい人が見つかったら、交神することにしようかなあ」
 「じゃあ千種もそうする!」
 「おっ、じゃあ二人でそうしよっか。約束ね」
 「うん!」
 自分より小さい手と絡めた小指は、何だかすごくませたようなことをしている気がして、ちょっとお父さんに申し訳なくて、でもなんだか気恥ずかしい気持ちだった。


    ・


 「お父さん、見てーーー!」
 どたどたと音がする。ほどなくして、ガラッと音を立てて千種が入り込んできた。手には蔵から見つけてきたのか、訓練用の木刀が一振り。何やら難しい顔をしている。
 「お父さんの真似!!」
 その難しい顔のまま、木刀を構えてこちらに向かってくるところで、
 「こーら! そんなにはしゃがないの」
 後から走ってきた葵に止められていた。きゃあ、と言って、笑いながら千種が身をよじらせる。
 「お父さんの真似してただけだよ」
 「わっ、バカ、お父さんの前でやらないの!」
 なんだ、あの変な顔は俺の真似か。それに葵が考えたのか。苦笑して葵の方を見ると、ばつが悪そうに目をそらした。
 「私、お父さんの真似しただけだもん!」
 「あれ、千種、自分のことを『千種』っていうのはやめにしたのか?」
 「うん! だって、お姉ちゃんも私って言ってるでしょ? だから私も私なの!」
 「……そうか」
 訓練を葵に任せたのは大成功だった。なんだかちょっと騒がしい家になったけど、来た時とは全然雰囲気の違う千種が、こうして笑いをくれる。私たちが笑うと、千種も笑う。それはこの上なく、身に余るほどの幸せだと思った。

 

 「あのね! お姉ちゃんがお父さんのこと大好きだって!」
 「それも言わないの!!!!!!」

 

 

 

   →今回のお話の挿絵をきじひこさんから頂きました。こちら。