垣根の垣根の百物語

PSP俺屍Rの自分の一族とか某inb氏の一族の話とか ネタバレあります。

血染めの黄昏

薫子様と大江山

 

 

 雪。
 それは広く、静かで、何もない世界。
 私はずっと前から歩みを続けていた。進んでいるのか、戻っているのかもわからない。ただひたすら、一歩一歩、果てない白を踏みつづけている。前へ、前へ。
 私は一体、何をしているのだろうか。どこに向かっているのだろうか。
 そんな考えも起きないくらいに歩き続けている。いや、考えていたこともあったのかもしれない。考えて、考えて、ずっと考えて、それをやめて、いつか考えていたことも忘れてしまうくらい、ずっとずっと歩いているのかもしれない。目の前はまだ真っ白で、いつまでも変わらないように思える。だから下を向いて、自分の足跡だけを見つめていた。何も考えない様にしながら。
 そうやって、いつまで歩き続けただろうか。千年も歩き続けたのかもしれない。もしかしたら、まだ歩いて五分と経っていないのかもしれない。しかしとにかく、それは突然に、目の前に現われた。顔をあげると、私の眼の前には大きな門が立ちはだかっていた。その鉄扉は固く閉ざされて行く手を阻む。さらに奥を見上げた。遥か門の向こう、高く、白くそびえる山が見える。この時、私はこの山を登っていたのだとようやく気付いた。
 それと同時、あたりに響き渡る哄笑のような声を私は聞いた。男のものとも女のものともわからない不気味な声だ。それを聞くうちに、私は思わずあっと叫ばずにいられなかった。そびえる山がじんわりと赤く染まっていく。
 それは雪の白と交じって綺麗な錦を描いたかと思えば、見る間にこれ以上ない真紅へと景色を変えた。
 妙にそれが目に痛い。あたりにじめじめとした土の香りが漂いだした。そして、血腥い不快な臭気。下腹に鈍い痛みを感じる。見ると、ちょうどへそのあたりが朱くにじんでいる。それはすぐにどす黒い紅へと変わる。血だまりを作る。私と山が境を失って溶け合う。ああ、この山は私の血で黒く染まるのだなと直感した。そうしてその時、先刻の笑い声は私の声であったと気が付いた。いや、思い出した。
 そうだ。私は初めからそういう人間であった。ただ鬼を斬り伏せることのみを考えて生きてきた、修羅の身。歓びに噎びながら鬼の屍を啜って生きる私の体は、全て鬼の血が流れている。私の血で山一つを黒く染めるくらいは訳ないだろう。今まで数えきれないほどの鬼を、命を奪ってきた。私の体はもはや鬼と幾何の違いもない。この修羅がせしめる雪解けに包まれ、地獄に落ちてゆくのだ。これは、今までの報いだろうか。
 立っていることも厭になり、倒れ伏す。手にしていたものを擲つ。その時それがぶん、と風切り音を立てた。見る。私の薙刀だ。そこに一つ、赤黒く染まる世界でただ一つ、なおも白くあり続けるそれ——薙刀にあしらわれている小さい羽根に、気がついた。

 ——この羽を、持っていて。僕が君とともにある、その証だよ。

 一陣の風が吹いた。淀んだ空気に流れ込む、沈丁花の香り。そして、小さな舌打ち。敵意を孕んだ先刻の声。私の声、ではなかった。

 ……迎えに来てくれたのですね。
 ああ。