垣根の垣根の百物語

PSP俺屍Rの自分の一族とか某inb氏の一族の話とか ネタバレあります。

真垣琳太郎 始まりの話

琳太郎。プロローグ。

 

 

 

父を殺した鬼が憎い。母を犯した鬼が憎い。
初めからそう思っていたわけではない。

あの時、俺はよくわからないところにいた。そして、そこで俺は「全て」を知った。
一族。呪い。仇。
雪崩れ込んでくる情報に対して俺は無力だった。ただ、自分に語り掛けてくる声に縋る以外にはなかった。
夕子と名乗るその女の声は、俺に「交神」相手の女神を選ぶように言った。四人の女が目の前に立ち、それぞれ名乗った。声の言う通りに女を選ぼうとした。しかし、言葉が出ない。俺は何を言えばいいかわからなかった。誰でもいい、と思うこともできない。俺は何らの判断基準も持ち合わせていなかった。
ただ一つこの手にあったのは、父と母のくれた名だけ。真垣琳太郎、俺のことを声はそう呼んだ。それが俺の名らしい。
どれだけの時間が経ったのかはわからない。ただ、女たちはじっと黙ってこちらを見たままでいた。俺が一人を選ぶのを待っているようだった。
しかし実際に誰を選べばいいのか、俺には見当もつかない。となれば当然、今持っているものを標にすり替えるほかはなかった。

お地母ノ木実。彼女の名前には、自分と同じ「木」の文字があった。それだけだ。今考えると不誠実も甚だしいが、当時の俺にはそれしかなかったのだ。

その名を恐る恐る呼ぶと、彼女はゆっくりと頷いてこちらへ歩み寄った。そうして、世界は光に包まれた。

 


「琳太郎さん」

聞き慣れた声。と言っても、俺の知っている声はそんなに多くない。夕子さんの声。母の声。父の声。そして、あいつの声。
彼女――お地母ノ木実さんが、文机に向かっていた俺の隣に腰かけてくる。

「また、術の巻物を読んでいるんですか」
「ええ。私には、少しでも強くなっておく必要がありますから」
「そうは言っても、すぐに何ができるというものでもありませんよ。天界でいくら体を鍛えようとしても、地上とは色々と勝手が違うものです」
「あなたがそう言うなら、そうなのでしょう。私は未だ、地上というものをよく知りません。ただ、私にはこれがあるばかり」

手元に目を下ろす。「風車」と書かれた巻物は、父と母が死んだとき、懐に抱えていたものの一つだ。あとは刀と薙刀が一振り。ほとんどそれが、大江山から持ち帰れたものの全てだった。その中で、唯一書物だけは天界に運んでいただける運びとなった。

あれから半月ほど。俺は木実さんに連れられ、彼女の住まう屋敷で過ごしている。木実さんと話し、ともに時を過ごすにつれ、ようやく俺にも状況が呑み込めてきた。天界とはどのような場所か、鬼とは何なのか。そして、この時間が何のためのものであるかについても、今しようとしていることの意味も。

「私は、朱点童子を倒さねばなりません。そのために、あなたや夕子さん、他にもたくさんの神々のお力をこれから借りるのでしょう。あなた方には、返せないほどのご恩を頂いていますね。礼の言葉もありません」
「……いいえ。私たちが、望んでしていることですから」
「あなたは、嫌ではないのですか」
「何がですか」
「私が、あなたを選んでしまって」

彼女は、少し目を開いてこちらを見た。

「何故、そんなことを思うのですか」
「いいえ、特に理由があるわけではないのです。あなたがもし、気にしていたらと思って」
「何を」
「いいえ」

木実さんは、小さくため息をついた。その瞳にちらと憐れみの色が映った。

「そんなことを考えるのは、あなたの方が気にしているからですよ」

返答に詰まる。そんなことは承知の上だった。ただ、彼女の双眸はもっと奥の、俺の容易に触れるべからざる境地までもを射抜き、照らしているようにすら思えたのだ。

「……そうかもしれません。いえ、あなたが嫌でないのなら良いのです」
「何故、そんなに怖がっているの」

木実さんが少し足を崩して、俺の顔を覗き込むように屈む。彼女の髪が巻物を持つ私の腕を撫でる。何故だか、彼女の質問に答えなければいけないような気がした。否、何かを隠しているのが嫌だった。

「……私は、朱点を倒すために貴方を利用しようとしています。あなたとの子を儲けようとしているのに、私の眼に映っているのはあの赤い鬼なのです。それでもあなたは、決してあなたのことを見ようとしない私との子を儲けるのが、嫌ではないのですか」
「それが、役目ですから」
「役目だとしても、それであなたが嫌な思いをするのであれば、同じことではないのですか」

木実さんが、小さく笑った。彼女が笑ったところを見たのは初めてかもしれない。

「確かに、そうかもしれませんね。でも、本当に私は、嫌な思いなどしていないのですよ。……それに、あなたはもう十分、私のことを見てくれているじゃあないですか」

さらに、彼女が体を寄せる。いい匂いがした。暖かいような、懐かしいような。懐かしむべき過去を持たないはずなのに、不思議とそう思えた。

「あなたがそれほどにも誠実に私のことを考えてくれて、私はとても嬉しいですよ」
「……誠実だなんて、とんでもない。こうして口にするのも、ただ自分の罪滅ぼしの為なのです」
「私がそう思っているのだから、良いんです。もう十分すぎるほど、私にはあなたの気持が分かりました。あなたが私を選んでくれて、良かった」

俺には、彼女がなぜ満足しているのかわからなかった。ただ、微笑んでいてくれるのならば、それも悪くないと思った。
なおも彼女は言葉を続ける。

「私にはあなたのことが良く分かったのだけれど、あなたも私のことを知ってくれませんか」
「あなたの、ことですか」
「そう。……丁寧な言葉で話すのもいいことだけど、もう少し素のあなたを知りたいわ。……私には、遠慮しないで」

そっと手を握られる。神に遠慮するなという方が無理のある話だというのに。それでも木実さんの言葉は、温もりは、俺の全てを受け入れてくれるように思えた。

「……俺は、あなたのことを大切にできるだろうか」
「もう、できてる」

ふっと身体が軽くなったような気がした。気づいた時には俺は木実さんとの境界を失い、そして彼女の腕には一つの命があった。